“大井戸 秀太郎のコアなページ”へようこそ!!
1963年1月、埼玉県で産まれる。
少年時代は讀賣の連覇の時代。大洋ホエールズ、広島カープと万年Bクラスに低迷していたヤクルトアトムズが、いじめられっ子だった当時の自分とあまりにも似ていたため、妙に親近感を覚えひそかに応援し始める。安田猛が、「人を食ったようなピッチング」で、相手打者をきりきりまいさせているのを観て、「こんな野球選手もいるのか」と思ったものである。
1970年代後半、球場へ観戦しに行くようになり、あまりにファンが少ない事に愕然となる。一塁側スタンドで、旗を振ったり太鼓を叩いたりしているおっさん達のそばで大声で観戦。「オレも仲間に入れてくれ」に、「自分で稼げるようになってから」と言われ18歳で就職し即応援団の一員に加わる。
反体制・反権力
Gアンツとか、G民党が大嫌い。
豆腐屋ラッパ
師と仰ぐ、関西応援団のA澤氏が豆腐屋ラッパのような“民族楽器”を吹いているのを見て近所の豆腐屋を拝み倒し、87年から相手チームがアウトになると豆腐屋ラッパを吹いている。
特にこの人たちには、十分お気をつけ下さい。
開幕当初のスタンドは、寂しく寒い。けれどもおじさんは懸命に旗を振るのです。
1991年9月7日(対中日,5x-4)以来の神宮球場で2001年4月7日、8日の二日間(対中日)デーゲームが行なわれた。かつては、神宮球場でも学生野球のない日にはデーゲームが行なわれていたが、10年もナイターばかりだったとは気がつかなかった。そのためか(?)時間を間違えて来たファンもいたそうだ。これからも、たまにはデーゲームを行なってほしい。
2005年は史上初のセ・パ交流戦もあり、デーゲームも盛りだくさん。めずらしく(?)お客さんの入りも盛況です。暑い日差しを受けながらおじさんは懸命に旗を振るのです。
スワローズファンにとって、悲願の讀賣戦で胴上げを果たした95年の集合写真。